やさしいストーカー

絶えず妄想に駆られていて
誰かに話しかけられるたびに
自分の正気が試されているみたいで
悟られないように そっと 祈りながら
全力でその人を励まそうと決意する
電話の向こうにいる人が受話器に押し当てている耳のことを思いつつ
声を出していると
声を出しているということの意味が不意に分からなくなって
このような一切が実は妄想なのではないか

また一段深い妄想の中へ沈んでいく


自分とNの声が聞こえていて
会話だ と意識した
Nは会社の話をしていて
上司にストーカーを受けている同僚の女の子についてどうしたらいいかと
アドバイスを求めてきてくれた
ストーカー気質抜群のぼくは 
どの程度の被害なのかを訊いて
主にストーカー側の気持ちを想像しながら
昔読み漁ったストーカー関連の文献の記憶をたどりながら
できる限り丁寧に ストーカー側の心理状態と 
どの程度問題に介入する気があるのか による いくつかの具体的な改善策を挙げた
Nは真剣な口調で感謝の意を述べた後で
ストーカーについて詳しいぼくのことを笑いながら訝っていた


ぼくは本当はキミのストーカーで
うまく表現できない友情を 一通り確認したいと必死なんだよ
そう言えなかった


この前は 完全におかしくなっていた
黄昏の空が ついに自分のものになった という深い確信に導かれながら
気づくと地面に膝をついて泣いていた


絶対を覗き込んでしまって
もうかえってこれなくなるのではないかと思って地面と一緒に恐怖したが
どこからどこへかえるというのか


深夜 誰からも相手にされなくなると思って
必死にZに切迫感だけを伝える嫌なメールを打ってしまった
Zは起きていて 電話をかけてきてくれた
泣きじゃくりながら
Zの声を聞いていると次第に落ち着いてきて
夜を歩く足取りがはっきりしてきた
Zの話す日常が 鮮やかな輪郭をともなってきて 安心した


それぞれの必死の綱渡りを感じながら
できうるなら やさしいストーカーでありたい と思った