2010-01-01から1年間の記事一覧

低いところへ降りてゆく

低いところ 川田絢音 ずっと以前からそうしているように 中庭で 男たちがひそひそ話をしていて 天井からねずみの糞が落ちてくる 小さな窓に金網が張ってある 薄闇のほかには 何も見えてこない かけ布はない 寝床はじっとりと湿っていて スカーフも衣類も包帯…

ロシア国籍の搾乳機

ダダナァ、ダダダダダダナァ、呼んだ(幻聴に対して)?呼んだよね(幻聴に対する念押し)? 今日はなにしよっか(宙への虚しい誘い)? オフロスキー(実際は好きじゃない)の孤独な性生活について知りたいって(性癖暴露癖の衝動)? お喋りなオフロスキー…

教えて!パパ!!

「ねえ、パパ? 酔っ払いってなあに?」 酔っ払いはあらゆることを口実に飲み始める 気弱で傲慢なきっかけ愛好症 口から顔を出そうとするふさぎの虫を噛み殺しながら 万象相手に乾杯することで万障をひととき忘れる 足元の覚束ない立小便の使い手 千鳥足で描…

ウエディングケーキ VS 蟻10㍑ VS アリクイ一匹

夕飯時に電話が来る。登録していない番号。「もしもし?」 「もしもし、こちら、パソコンでランダムに検出した番号の方に、お電話させていただいているものなんですが」若い女の声が響く。 「はい、なんでしょうか?」 「関東在住の、三十代の社会人の方を主…

地名にまつわる残尿感

追伸: つうか、成増って、そんなダサいの?マジで? うまいラーメン屋もあるし、住みやすいですよ。マジオススメです。

100円ショップにずらりと並んだSMグッズの数々

少女が店に立っていれば、百円で買える、という意味だろう。 小さな剣山を胸に押しつけたい、トングで鼻を挟みたい、定規で頬を叩きたい、などと妄想しながら、 百円ショップを徘徊していると、小さな男の子に出くわす。 この際、この子でもいいや、と思って…

鵜呑み祭り

また、鵜呑み祭りが始まる。 活字が見える、 活字の姿が一字ずつ見える、 動かない、 増えていくだけの活字が、 自分を見ろと要求してくる、 新聞紙の切れ端が社会の一角の襟首を掴んで運んでくる。 人が死んだと伝えてくるので、人が死んだのか、と思う。 …

不可視の球審

河東碧梧桐と中塚一碧楼の自由律俳句をざっと眺めてみたい、という目的で注文した、新潮社「日本詩人全集30」が届く。俳人たちのアンソロジー。 その中に、富田木歩の名前があった。 「我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮」なる、なにやら悲しい句だけを知ってい…

猫撫でクラクション

蒸し暑い夜で、私は仕事に追われていた。 部落の法事、息子が突然出した高熱、壊れた建具の修理などが重なり、今日の分の内職のノルマがこなせていなかった。 子猫バスの雌雄鑑別の内職は、一匹二十円である。尻尾の裏側の微妙な毛色の違いで、鑑別する。 私…

猫バスの雄と雌、連結作業中

右腹部の鈍痛、全身の倦怠感、食欲の減退、等々、肝臓がやられてる感じの症状に見舞われて、寝床をうーうー言いながら転げまわっているうちに死にたくなってきたので、断酒を決行。約十年の、毎日焼酎一リットル分ほどの連続的飲酒のツケが、回ってきたよう…

異種混合鼎談

ソクラテス お二人は、なにをしているのですか。升田幸三 誰だ、きさま?田中裕明 ソクラテスさんですよ。哲学者です。生前住んでいた家に全集があります。「悉く全集にあり衣被」です。食べたい。食べたい、と思うと、衣被がこんなところに。おかしな世界で…

即席陥穽作成術

およそ、人が書きうる手紙は、ラブレターか、遺書しかない。 人が吐きうる言葉は、命乞いか、脅迫しかない。 では、この日記は、なにか。求愛か、辞世の句か、生の絶叫か、全面的同意を求めるための脅しか。 思いつきの断言は、すぐに論理の破綻を呼ぶから、…

彗星の飼い方

地面にいっぽんの棒杭がさしてあって そこから紐が遠く天へと昇っている 入道雲のてっぺんを突き抜けて 宇宙の遙かを流れ続ける彗星のひとつを結んでいる 彗星の飼い方を学ぶには まず地面の飼いかたを学ばなければならないけれど ぼくはぼくじしんの飼いか…

アル中幽霊

ああそうだ、と、彼は意を決して立ち上がると、思い直して、また床に伏せた。 半日、そうしていた。 やがてよろよろと起き出し、外へと出た。 孵化後数時間ほどの、小さなカマキリが、アスファルトを行き交う、蟻の行列を横切ろうとしているのを彼は見つけた…

まだ土踏まぬ土踏まず

今日は普通に書こうかな。やっぱり四年もブログを離れてたせいか、言葉が息苦しくなるかんじがある。詰め込もうとする感じで、言葉のひとつひとつを置くのに、いちいち深呼吸するみたいなかんじになる。切迫感と焦燥感とできりきりしてしまう。 この前、高野…

面壁九年 VS aiko

ボク 今日は庭を眺めていました。眼鏡越しに、窓ガラス越しに、雨垂れ越しに。aiko ほんま?ボク ノウゼンカズラの花が、ぽっつり、ぽっつりと、二つ落ちました。aiko ほんま?ボク どんよりと曇っている灰色の天、それを映している水溜まりに、小雨が作る大…

後ろ姿の文面

今朝は悪夢に魘されて起きた。冷や汗がすっと一筋、彼の漆黒の背筋を伝い下りていった。レンゲ畑で笑い合う動物たちの悪夢。歯磨きのポスターに虫歯菌役として採用される悪夢。触覚化された清潔なる概念に包まれて鳥肌を立て続けている悪夢。 時計は二時四十…

木を無闇矢鱈に讃えるための三つの引用

木 それは たったひとつの種の ゆっくりとした 爆発 ブルーノ・ムナーリ「ムナーリのことば」より * 生きもののなかでもっとも背が高いもの、重いもの、長生きのものは、みな木です。カリフォルニア州にあるジャイアントセコイアは重さがおよそ600トンも…

事物の在処

一日物云はず蝶の影さす 尾崎放哉 * 俳人が指し示しているのは、名前ではない。名指しできることと知ることの愚かな混同を指し示しているだけである。彼が指し示すのは、庭の凹凸をその凹凸の形のままに即興でなぞりながら滑っていく蝶の影である。物理学的…

富澤赤黄男についての空想の伝記

これから語るすべてはまったくの出鱈目なのだが ふっと真に受けて欲しい ひとがぼくの出鱈目な話を真に受けてくれることだけが ぼくの精神の糧となるのだから そしてやがて排泄物として 気のふれた詩が生まれてくるのだから お前たちはいつも産婆気取りで 産…