ウエディングケーキ VS 蟻10㍑ VS アリクイ一匹

夕飯時に電話が来る。登録していない番号。「もしもし?」
「もしもし、こちら、パソコンでランダムに検出した番号の方に、お電話させていただいているものなんですが」若い女の声が響く。
「はい、なんでしょうか?」
「関東在住の、三十代の社会人の方を主な対象として、お話をさせていただきたいのですが」
何も言わずに切ってやろうと思ったが、一杯機嫌なのが良くなかった。「関東在住の三十代ですね」
「あ、ほんとですか!」キンキン声が鳴り響く。「どこにお住まいですか?」
茨城県
「あー!私のおじいちゃんの実家ですぅ」おじいちゃん?セールスにしても、馴れ馴れしい。つうか、群馬県って言っても、ミネソタ州って言っても、精神病院210号室って言っても、コイツのおじいちゃんの実家になるんだろう。コイツのおじいちゃんは、おばあちゃんと共にあらゆる地域に蔓延っていて、のっぺらぼうのまま、出番を待っているというわけだ。
「そうですか」
「ねー、すごい、偶然ですねー」
「そんなことはないでしょう」今気づいたが、女の声の背後で、ずっとBGMが鳴り響いている。他の女たちの声も聴こえる。店でセールストークか。「つうかね、社会人じゃないよ、無職だから」
「えーっ!ほんとですか?しっかりした受け答えだから、社会人だと思っていました」
「はあ?そうですか」
「なんか、たくましいですね、すごい、いけますよ」たくましい?いけますよ?頭が湧いているのか?と思いつつ、少し微笑した。
「で、なんの用なの?」自分の吐く言葉が、無闇に砕けてきたことに気づく。
「あ、こちらはですね、関東在住の、三十代の社会人の方を主な対象として…」
「それ、聞いたよ」
「あ、そうですよね!すいません!私、舞い上がってるのかも!」
「うるせー、輪ゴムで打つぞ」
「えー、怖いー。おかしい人ですね、お兄さん」茨城県在住無職から、お兄さんへ異例の早さでの昇進。天皇への昇格も間近。皇居徒歩0分。
「つうか、早く言ってくれないかな、なんの話なの?」
「あのー、切らないでくださいよ、あの、私たち、東京で、ウエディングとジュエルの方のお店」
「ぐげー、ごめん、勘弁、切るよ」
「あー、やっぱ、そうなる感じですよねー、でもちょっと、待って」チーン。
脱力感と共に、後半うっかり楽しくなっていた自分に気づき、自己嫌悪。もちろん、その後泥酔。肴は、いつもの自己嫌悪と自己憐憫。という実話。ウエディングとジュエル。たまらない。輪ゴムの箱に忍ばせた、なとりのイカソーメンと、雨戸の戸袋で暴れ回る死にかけのカナブン、それだけが俺に必要なアイテム。つうか、若い女のセールストークって怖い。