富澤赤黄男についての空想の伝記

これから語るすべてはまったくの出鱈目なのだが
ふっと真に受けて欲しい
ひとがぼくの出鱈目な話を真に受けてくれることだけが
ぼくの精神の糧となるのだから
そしてやがて排泄物として
気のふれた詩が生まれてくるのだから
お前たちはいつも産婆気取りで
産湯臭いところがあるから黄をつけてくれ


誤変換に促されて
「そうそう黄といえばね」

いつものとぼけたふりをして切り出すのはどうだろうか


ぼくは彼の名前をいつも
あかきいろおとこと呼んでいたんだけれど
たぶん間違っているよね
けれど性別は男だと確信しているよ
代名詞に彼を採用してお送りしているよ


なにしろ俳人は子が付くのに女じゃないやつが多い
高浜虚子山口誓子は男だったのは知ってたけど
まさか藤田湘子と相馬遷子も男だったとは
いわゆる小野妹子ショックだよね


さて


産声に痰が絡んでいたという彼が
鬼のお面を被ったままハイハイを始めたとき
床板の木目にきっちりと指先を揃えながら進んでいたのが
印象的だったと
育児を受け持っていたひとびとがくちぐちに語ってくれた
ひとびとなど
もともと存在しないのだが
ゲスト出演してくれてありがとう
くちぐちたちにも合わせてありがとうと言いたい


彼の初めての周回はホース格納庫周りだったと言う
赤い格納庫の周りをぐるぐる回っていた幼児期の記憶と
黄色人種であることへの配慮からこの俳号を思いついたのだと言う


さっきから言う言うってうるさいけど
言うって誰が言ったかと言えばぜんぶぼくなんだよ
ぼくは全人類の名付けの親になりたいという誇大な欲望を隠しきれないので
あらゆる人の名前の由来を捏造してまわりたいのだよ

今度紙幣の肖像を変えるときには
五千円札に彼の顔を採用して欲しい
ぼくは位牌を包めるくらいのサイズに千切り取ったアルミホイルに
末期いペンで五千円と書き
わたしは透きとほらねばならぬ!(*1)と
したり顔で絶叫しているときの
富澤あかきいろおとこの顔写真を貼って買い物に行きたい
そして野口英世の顔が描いてある
お釣りをもらいたい
そこはゆずれないので強調しておきたい
お釣りをもらい倒したい
ごはんのおかわりを食べたい
「蛾の墜ちる万年床も結氷期(*2)」と寝言を言いながら
永久の眠りにつきたい


それでは
さよなら



*1 富澤赤黄男の句に「稲光りわたしは透きとほらねばならぬ」がある。
*2 同じく「蝶墜ちて大音響の結氷期」がある。