アル中幽霊

ああそうだ、と、彼は意を決して立ち上がると、思い直して、また床に伏せた。
半日、そうしていた。
やがてよろよろと起き出し、外へと出た。
孵化後数時間ほどの、小さなカマキリが、アスファルトを行き交う、蟻の行列を横切ろうとしているのを彼は見つけた。
しゃがみこむと、カマキリと蟻の行列の一部を、彼の巨大な影が包んだ。カマキリは振り返り、彼の濃灰色のサンダルの先をじっと見ているようだった。
彼は、カマキリの眼をじっと見ていた。向こうも彼の爪先を見つめ返すばかりであった。
お互いを化け物である、と思い合うより仕方がないようだった。
彼は立ち上がり、庭の物干し竿に眼を移した。
角ハンガーに大量の∀のかたちが吊るされていた。洗濯バサミの先には靴下が何足か留められていた。時折、風に吹かれては、お互いを叩き合ったり、撫で上げたりしていた。
靴下とは人間の足の先を包む布であろう。何者かの足先の抜け殻が、風に吹かれている、その奇妙な光景を見ていて、気づくと彼は泣いていた。
何を見ても、こみあげてしまう、そういう類の症状を彼は病んでいた。
どうやら、死ぬまでこの世を見つめ続けるほかには、やりようがないようであった。
蜻蛉が一匹、真竹の細い竹の子の先に止まった。竹の子は露に濡れてキラキラ光っていた。蜻蛉の四枚の透き通った羽の先は、焦げ茶色に染まっていた。
やがて蜻蛉は、飛び去っていった。
彼は蜻蛉の行き先を眼で追い続け、追い尽くした先で、視線の行き場を失うと、眼を瞑り、しばらくしてまた眼を開けた。