審判

珍プレー好プレー集とかはないのか?」と私は訊いた。
「ないし、あっても見ない」と、モニターを見つめている初老の男が答える。
私は、左手奥にある巨大な入口から開けている世界へ眼を向けた。
現世に広がる地面を模した床から、廃品集積場で拾ってきたようなエスカレーターが、星ひとつない、抜けるような夜空へと向かって伸びているのが見える。
その、際限なく上昇するエスカレーターに、腰を掛けてたたずむ女がいて、こちらを見ている。
痩せこけた身体、皮膚に貼りついているだけの布、ひどく虚ろそうな眼、それらの持ち主である彼女、そのすべてが、昇っていくにつれ、見えにくくなっていく。
私は、車のトランクの中で、あるいは机のカギのかかる引き出しの中で、あの種の眼を見たことがある、と思った。
正面に眼を戻した。
初老の男は、相変わらず退屈そうにモニターを眺めていた。
モニターには、生前に私が犯してきた数々の犯罪行為名場面集が流れている。
宇宙の全てが経験した事、これから起こる思考、行動などが全て記録されているというアカシックレコード、そのコピーから、私に関する記録がピックアップされ、適当な編集をほどこされたDVDだ。
今は、電車内での痴漢行為の一場面が映っている。
「非通知設定での痴漢行為は禁止されているんだ」と私は呟いた。痴漢行為の際、相手に顔を見せ、自己紹介をするのが私の流儀だった。
「なんの話だ?」と初老の男は訊く。
「私の美学だ」私は答えた。
「あんたは、これだけ醜悪な行為をしておいて、未だ、美学などと言う」
「美学が美しくある義務はないんだよ」
「そうかもしれないな。美しくない美学があってもいい」初老の男は、なにか私に関する報告書のようなものをパラパラめくりながら、いい加減なことを言う。「別に、形容矛盾じゃない」
「そう。ところで、比類なき形容矛盾の使い手を知っているか?」
「誰なんだ?」
「神だよ。私はなんであれ、神に合わせるのが好きだ」
「へえ」初老の男は、すべては分かりきったことだという風に、軽く眉をひそめた。
「とにかく、あんたは地獄行きのようだ。つまらない話だがな。そうなっている。なにか質問はあるか?」
「地獄には、壁はあるのか?」不意に気になったので、訊いてみた。
「天井と床は乏しいが、壁ならいくらでもあるよ」
「そうか。よかったよ。話し相手に困らなくて済む」
初老の男は、微笑すると、左手奥にあるエスカレーターに乗るよう、私を促した。
私は、ゆっくりとひと呼吸すると、示された方向へと歩みだした。
両手で腿のあたりを探ってみたが、すでにポケットはなくなっていた。