スペンサーシリーズに――

「手づかみで食べろよ」私は箸使いに苦戦を強いられているスーザンに言ってみた。「手が魚臭くなるのを怖れて箸を使って握り寿司を食べるのは、身体がびしょ濡れになるのを怖れてレインコートを着てシャワーを浴びるようなものだよ」
「うるさい」スーザンはいらただしげに応えた。「握り寿司を手づかみで食べようとするのは、外国人向けの日本旅行ガイドブックを読んで真に受けている人だけ」
「食べ終えた皿はどうするのかな」とポールが呟いた。「みんなは手元に積み重ねているようだけど」
「探偵特有の注意深い観察によると」私は、周りの客の動向を窺ってみた。「どうも、皿は色別に分けて積み上げられる傾向にあるようだな」
「その点は、素人である僕も気づいていたよ」ポールは、金色の皿の3枚目を重ねた。「えー、郷に入れば郷に従え」
「一体、それはどういう意味なんだ?」と私は訊いた。
「知らないよ。日本人の考えることなんて」ポールは箸で握り寿司のマグロをめくると、ワサビをつまみ、横にどけた。「生魚と甘酸っぱい米を好むような人種の考えることなんて」
「お前は、チーズバーガーのピクルスを取り除くような真似をしている。少しは東洋の食文化に敬意を払う努力をしてみたらどうなんだ?」
「さすがだね」と、ポールは自身の発言の適当さ加減をわざと強調するように言った。「最初からサビ抜きを頼んでいる人は、言うことが違うよ」