川田絢音、その19

「ガラス切りで切りとった空を抱えて歩いて行く天使の垂れ流しの血の跡から夜明けが」(川田絢音「空の時間、その19」)

「ねえ、見て」おんぷたんが空を指差して言った。「明るくなってきたね」
「ガラス切りで切りとった空を抱えて歩いて行く天使の垂れ流しの血の跡から夜明けが」僕は気取って詩を暗唱してみせる。
「それ、川田絢音ね」
「そう」僕はちょっとした講釈を始めてみる。「人間が窓枠で空を切り取る習性があるように、天使はガラス切りで空を切り取る習性があるんだ」
「なんで天使は血を流しているのかな」
「天使は習熟するということを知らないから、毎回、空ガラスで手を切ってしまうんだよ」天使は毎朝初潮を迎えるよう設計されているんだ、とは言わなかった。
「空ガラス?」
「うん。曇りの日には、曇りガラスになる」僕は冗談を言った。
「ふふ」おんぷたんは笑った。「私、夜明けが大好き。あと、夕暮れが。夜明けと夕暮れをずっと繰り返してればいいのにな」
「それいいね。なんか、面白そうだね」僕は同意した。
おんぷたんは突然ステッキを取り出すと、魔法を唱えた。「ぷーるるんぷるん、ふぁみふぁみふぁー、空よ!夕暮れになって!」ステッキからカラフルな星屑の輪がいくつも飛び出して、次々と空へ飛んでいく。
まもなく、夜明けが始まったばかりの空が一気に夕暮れへと変わった。
「すごいすごい」僕たちは、はしゃいだ。「ガラス切りで切りとった空を天使から奪った悪魔の垂れ流しの足跡から夕暮れが」
「だね」