新居、来襲

先日、新婚さんである高野さん夫婦の新居を訪ねた。誘われたのだった。
貴重な休日に、僕なんかがお邪魔しては悪いかなと思ったのだけれど、新婚家庭というものに興味があったし、結局、お招きにあずかることにした。
極度の出不精である自分にとって、こういう機会はとても大切だ。
とにかくなんでもいろいろ見ておきたいと思っていた。
高野さんの家の最寄り駅である南柏駅までの車内では、リリーフランキーナンシー関の対談集を読んだ。素晴らしい内容。互いの互いに対する愛情と敬意とが見て取れる、ユーモアのセンス抜群な対談に、いつもながら、嫉妬を覚える。この対談に混ぜてもらっても、自分など入り込める余地がないと思って少しさびしかったが、元気になれた。勇気が湧いた。気取らず気負わず、こういうことを語れる大人になりたいと思った。パソコンのフォルダに入っている詰まらない断片ばかりで埋め尽くされたメモ帳群を思い出して、自分の言葉はみんな最低だと思った。
予定の時間より少し早くついてしまったが、高野さんは車で迎えに来てくれた。
団地で、各階の中間地点にある階段の踊り場から、駐車場の前のアスファルトの上でテニスの真似事をしている少女たちが見えた。
表札に高野さんの名前が書いてあった。居間に通された。
「生活感はまだないみたいですね」家具調度品だけがぽつぽつと置いてあるだけの部屋を見て、そう言った。
「生活感は押入れに押し込んだから」と、奥さんが笑って言った。
初顔合わせの奥さんはとても、気さくで、人見知りの僕でも話しやすい人だった。涙が出そうなくらい。
ハムより先に肉を使っちゃってとか、肉は冷凍庫に入ってるとか、生活感あふれる言葉のキャッチボールを心地よく聞いた。
高野さんは、焼きうどんを作ってくれた。去年、旅行に行ったとき、イカの炒め物を作ってもらったが、イカ墨を使った本格的なもので、酒飲みの僕や加藤さんや塚田さんに好評だった。
奥さんはメーカーの分からないカップヌードルを、高野さんは残り物らしきサバの味噌煮を、僕は焼きうどんを食べた。それぞれが別の料理を一緒に食べるのが、現代的なのかもしれないと思った。
あんまり雰囲気がいいので、「この家の養子になりたいな」と、口にした。用意してきた言葉だった。実際、養ってもらいたかった。僕は何も知らない、何も出来ない子供だった。
新婚旅行と結婚式を兼ねて行ったというオーストラリアで撮ったデジタル写真をたくさん見せてもらった。
デパートに連れて行ってもらい、変わった本屋を見せてもらい、将棋を二局指し、飲み屋でおごってもらった。お世話になりっぱなしだった。
ほろ酔いで乗った帰りの電車の中で、自分もきちんとしよう、と思った。まあ、思っただけだった。コンビニで発泡酒を買って、部屋へ帰った。