結婚パーティー

渋谷にある会場の前には人だかりが出来ていた。黒い背広の男が、車のために道を開けるよう訴えている。
片側だけ開け放たれた観音開きの扉から入場すると、早目に来ていた荒井と網野さんが簡素な受付をしていた。網野さんが受付の声になって、出席表へのチェックと、こちらに携帯番号を、とメモを促す。作り上げた受付っぽい口調に二人で笑う。荒井が参加費と祝儀を受け取る。小さな金庫に既に入っている数種の札の中に加えられるのを見る。
左右の白い壁に沿ってびっしりと並べられた椅子。小池さんの隣に座る。江田さんと板村さんがその横に座っていて、話をしている。
左奥のマイクの設えられた席で、司会を担当する川口さんが新郎である高野さんと打ち合わせをしている。二人の真面目な顔を見て、どんなやりとりをしているのだろうと思う。
邪魔にならない音楽が控えめに鳴り続けている。BGMというタイトルがふさわしい。
右奥の天井から吊り下げられているスクリーン、映し出される結婚式の写真が周期的に入れ替わる。
メイクアップ中の新婦、砂浜で風に吹かれている新郎、海を背景にキスを交わそうとしている新郎新婦、教会から出て大量の無音の拍手で迎えられている新郎新婦が、次々と現われては消える。
キスの写真のところで、右隣に座った結婚願望の強い橋口さんが「僕には刺激が強すぎるよ」とコメントする。それでいて橋口さんはAV女優に詳しい。「なにを言ってるんですか」
橋口さんの隣に和田さんが座っている。静かにビールを飲みながら、物思いに耽っているような表情を浮かべている。
入り口の横に小さなバーがあり、カウンターに大量に用意してあるビールのグラスをひとつ取った。飲みかけのグラスを置く数個のラウンドテーブルにはロウソクが立てられていて、スタッフの女が火を灯してまわっている。空になったグラスを目ざとく見つけ次第回収している。スタッフの会場への目配りの様子をじっと見る。
高野さんがこちらへ来て僕の耳元で、「外で案内している丹治に電話して呼び戻して」と囁いた。無能な僕にでも出来る仕事を回してくれた高野さんにくらくらした。求婚したくなった。アンテナが立たないので外へ出る。佐々木さんを見つけたので声をかける。「佐々木さん、お久しぶりです」6年前に高田馬場雀荘で3回ほど卓を囲んだだけの僕のことが分かっただろうか。「ああ」と応えてくれる。「みんな背広かな?」「ラフな人もいますよ」「そう。キミの姿を見て、安心したよ」僕はジーパンを履いていた。
会場へ戻ると、間もなく加藤さんが入ってきた。相変わらずの低姿勢と周りに振りまく愛嬌だが、彼が知り合いの数だけ仮面を用意していることは分かっている。それでいて物事の表層だけを見て判断すればいいということも分かっている。人格とは対他人格のことだが、対自人格もまた対他人格のひとつに過ぎない。私とはひとつの他者である。けして言動の裏を読もうとしたりしないこと。裏などないのだから。物事を額面通りに、言葉を文字通りに受け止めることの美徳。
司会が始まりを告げると、場内が暗くなり、扉が開く。新郎新婦が並んで入ってくる。スポットライトと幻のスモークが炊かれるのが見える。ウエディングドレス姿の新婦に見とれながら、拍手をする。
新郎新婦と司会がいる奥だけが明るく、ゲストたちのいる側は薄暗い。
挨拶をする新郎は終始照れくさそうだった。さっき見た真剣な顔を思い浮かべる。同じ人間の表情。
初めての共同作業云々、という司会の言葉にどっと沸く会場。リボンの結ばれたナイフでケーキに刃を入れる二人。菓子折り大の控えめな四角いウエディングケーキ。
高野さんの一番上の兄が、スピーチをする。三人兄弟の末っ子で、自分とは歳が十歳離れている、母親は三人目に女の子を欲していた、という話に対して、中野さんが、親不孝!の野次を入れる。
次々に繰り出されるスピーチを任された人々。大学時代の友人代表の加藤さんは、途中でメモを引っくり返して「すいません、忘れました」と逃げた。「実は何も考えてなかった」とこちらへ逃げてきて告白した。短いぞ!と野次があった。
バイキング形式の食事。「こういう場でカニは食べるもんじゃないね」と和田さんが苦笑してさっき採ったカニを悔やんでいた。「食べづらいですからね」僕は肉とムール貝とピラフを採り、混じりあって別の料理と化したものを食べた。ビールとジントニックを十杯ほど飲んだ。夢見心地で会場のみんなが旧来の仲間たちのように思えてきた。
お色直しの後、入ってきたのは男装した新婦と女装した新郎。「この企画を立案したのはゆう子で、力関係が分かると思います」
パーティーの終わり頃になって、ようやく浅香さんが来た。
中野さんは途中で帰った。明日の早朝もきちんと起きて坊さんとしての職務を果たさなければならない。
携帯番号を用いたプレゼント企画。プラモデルやラジコン、ファミコンソフトなど、趣味色が強い内容。
ラスト、新婦の投げたブーケを男が回転レシーブのように受け取った。
パーティは終わり、出て行く招待客たちにありがとうと感謝を述べる新郎新婦。短い宴の終わり。そして各々の二次会、三次会へと続く。